鳥居 忠燾(とりい ただてる)は、下野壬生藩の第4代藩主。壬生藩鳥居家8代。名は忠熹とも表記される。
生涯
安永5年(1776年)9月3日(異説として安永6年(1777年))、鳥居忠見(第3代藩主鳥居忠意の四男)の次男として生まれる。父は寛政6年(1794年)5月12日に早世し、祖父の忠意も同年7月18日に死去したため、その世子として跡を継いだ。文政4年(1821年)7月27日に死去した。跡を次男の忠威が継いだ。
系譜
父母
- 鳥居忠見(父)
正室
- 恒子 ー 内藤頼尚の娘
側室
- 岡田氏
子女
- 鳥居忠威(次男)生母は恒子(正室)
- 鳥居忠挙(四男)
- 九鬼隆度正室後に牧野康明正室
- 中根正昭正室
- 堀利忠正室
- 加藤泰彦正室後に溝口直達正室




